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原稿用紙六枚弱。執筆二時間弱。
夏場のアパート、その一室でのお話。
夏場のアパート、その一室でのお話。
*
「ですからー、そう言われても困るんですってばー」
困った笑みで対応しているのはひとりの少女だった。
冷房の効いたアパートの一室で、スーツを着た顔色の悪い男を相手にしている。双方フローリングの床に正座をしながら口論していた。
「……ですがね?」
「いやいやいや、いくら夏だからって、好き勝手しちゃだめですってー」
半袖にハーフパンツ姿の少女は、わざとらしくため息を吐いて男を見る。格好はこざっぱりしているが、纏ったオーラは全体的にどんより。何日徹夜したんですかと言いたくなる悲惨な顔をしているが、髭は剃ってる辺り生真面目なのかもしれない。
「好き勝手と言われましても、もしも実行しなかったらアイデンティティがなくなってしまいます……」
俯き告げる男に、少女はゆっくりと首を横に振る。無論、あきれたように。
「情けないと思わないんですかー。一人暮らしの女の子の部屋なんか選んで」
「……すみません……」
謝罪は小声で聞き取り辛い。
「じゃあお帰り願いたいんですけどー」
「えっと、それはちょっと……」
少女の笑みが引き攣った。
「あのですねー、無理やりでもいいんですよ? こちらとしては。でもそれじゃいくらなんでもあんまりかと思ったので、こうしてお話してるんじゃないですかー」
「そうは言いますがね? ここで退いたら負けだと思うんです。こう――自分の理想像と言いますか、そう、えっと……男として!」
同時、床を殴り付ける音が響いた。
「すみませんすみませんすみませんすみません」
少女は右手をさすりながら半眼になる。男は今響いた打撃音に恐れたのか、先ほどより十五センチほど後退して頭を下げている。頭痛が増した。
「悲鳴でも上げて逃げると思ったから女の子の部屋を選んだんでしょう。それなのに何が男、何が理想像ですか。恥ずかしいですよ? 今まで見てきた中でも最低ランクに分類できちゃいます。わかります? 最底辺、一番下です。それってどういうことか理解できますか? 力もなにも持ってないってことです。あなたには何もできやしないんです」
言葉もない男を一瞥。
「ねぇ、ホント、お帰り願えませんか」
「…………そ……」
「そ?」
「……そこまで言われて帰れるかあァァああああぁ!!」
豹変。目の見開きで驚きを少女は表すが、それは声の大きさによるものだった。男の荒げた息と血走った目には意を介さず、やれやれと立ち上がりかけ、
「ひゃ!?」
両足に飛びかかられてバランスを崩した。床に身体を打つ音を耳で聞きながら、一拍遅れて痛みがくる。一瞬思考が乱れるが、
「なにしてますか。話し聞いてましたか。ありえなくないですか」
男にはもう聞こえていないようで、荒い息が脚にかかっている感覚が伝わってくる。嫌悪を感じた少女は、恐怖よりも怒りを選択。ふともも辺りにある男の頭頂部へ向かって拳を振り下ろした。
「死ね! この馬鹿男、二度死ね!!」
繰り返し殴打。
右手が痛む気がするが、それよりも今は相手の意思を折る方が先だと判断する。ここを中途半端な攻勢で終わらせては、逆に反撃されてしまう。やるならば徹底的にするべきだ。
がは、とか。ぐが、とか。ひィ、とか。男の奇怪な声がアパートに響く。妙な楽器でも不器用に演奏している気分になりかけた頃、音が一定の言葉を紡いでいるのに気付いて少女は手を止めた。
「……すみませんすみません……すみませんすみませんすみません……」
「口先で謝ってるだけじゃないですか」
少女は土下座する男を見下ろした。やっぱり無理かと呟きながら、視線を巡らせ紙と書くものを探す。固定電話の横にメモ帳とボールペンを見つけて歩み寄り、さらさらと手慣れた様子で書き込みを終えた。
出来上がったのは奇妙な図形と文字が書かれたメモ用紙。用途によって様々な呼び名があるが、つまり、要するに、それは御札だった。
「――!」
男も本能的に理解できたのか、向けられたメモ用紙製の符に後退った。
「おとなしく――」
少女は追い詰めるように符を構え、
「成仏しちゃいなさい!!」
力を解放した。
符が僅かに発光。それに伴い、男が苦痛の悲鳴を響かせる。そのまま体躯を薄れさせ、虚空へと溶けていく。一際最後に符が強く輝くと、しがみ付くように残っていた男の身体が消え失せた。
静かな冷房機の音だけが耳に届く。少女は息を吐き、メモ用紙を丸めると部屋の隅へと向かって放り投げた。それは綺麗な放物線描いて進み、
「除霊完了っと」
ゴミ箱へと消えた。
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