箒とハルバード

　ちょっと最近煮詰めて書いてる話をなんとなく載せてみる。
　反響があってもなくても書いたり書かなかったりするのだろうけど。

＊

　揺らぐ視界がそこに在る。
　注ぐ日差しは真夏のそれで、暑さからくる歪みは舗装道路の上に逃げ水を生んでいた。
　山影に囲まれる田園風景の中、ただひたすらに真っ直ぐな道が横たわっている。空は青く、流れる雲も少ない。風はあったが、それもささやかなものだ。
「田舎だねー……」
「そうだな」
　白い魔女帽子をかぶった小柄な少女は、箒に手を付きながらだれた声を出した。横で応じたのは黒衣を纏う長身の娘。肩に乗った金髪を払うと、陽光の下で眩しく踊る。
「ねぇねぇ、フレッサ。見てると暑苦しいんだけどー？」
　帽子を揺らす少女は半袖にショートパンツ姿だったが、横に立つ相棒は顔以外を黒衣で覆っている。やめて欲しいと告げても意味がないことを少女は分かっていたが、暇潰しを兼ねてそのまま隣の娘へと話しかけ続けた。
「もう少し脱ごうよー」
「体感温度に差は生じないから、このままで問題ない」
「いや、でも、気持ち的にさー？」
　浮かぶ苦笑を隠さず、少女はそのまま箒に付いた手に顎を乗せる。
「そんなことより、ナツカ」
　長身に見合うだけのポールウェポン型デバイス――ハルバードの石突をアスファルトに軽く打ち付け、フレッサは告げた。
「敵のお出ましだ」
「え！？　もうきたの！？」
　帽子を押さえながら少女――ナツカは周囲の空を確認した。
　あわせて跳ね揺れる黒の短髪。その目元には擬似ＨＭＤ（ヘッドマウントディスプレイ）が映写展開されていた。索敵情報が小さな電子音と共にディスプレイを流れる。
「ちょっと、全然減ってないよ、これ！」
　擬似ＨＭＤに表示されるマップ上の敵影を数えたナツカが、苛立たしげに声を上げた。
「ああ、どうやらＡ班は全滅のようだ。今連絡があった」
「んもう、だらしないなあ！」
「憤っている暇はないぞ」
　ナツカは頷き返すと、箒に跨りその力を解放する。
　箒型デバイスによってＭ．Ａ．Ｎ．Ａ．を引き出し固定。左手で握った柄を傾ければ、小柄な体躯は宙に躍り出る。
「やれると思う？」
　問うた身体は既に空に在った。
　箒によって空を翔ぶ小さな魔女は、周囲の山影に肉眼で視認できた敵を見据えている。
「お前と私であれば、戦闘に問題はない」
　変わらぬ声は地上ではなく、すぐ隣から。
　ナツカの横、闇色の翼を持ったフレッサが不敵ともいえる微笑を見せていた。リアパーツから生まれる翼は、闇の光ともいえるエネルギー体だ。
　綺麗だよね。
　陽光の中では異質な輝きではあったが、ナツカにとってそれは希少な相棒の存在をしっかりと教えてくれる光だった。
「翼で飛ぶのってどんな感じなのかな……」
「ん？」
　思わず零れた思考に、フレッサの怪訝な顔が返ってくる。慌てて手を振り、ナツカはなんでもないと示して息を整えた。
　敵もこちらに気付いているのは間違いない。
　隠れて迎撃する案もあったが、ナツカもフレッサもその手の戦い方は得意ではなかった。持ち合わせていない力で戦うよりも、信じている戦い方でぶつかろうと心に決める。
　Ａ班が全滅した以上、ここであたしたちも負けたらそれこそ取り返しがつかない。
　リセットボタンでもあれば気楽なのに。
「ナツカ、いつも通りで良い。お前、今凄くつまらない顔をしているぞ」
「え？」
「楽しくやろう」
　緩やかな風を受けて、金の髪が揺れた。
　軽く前へと飛んで出たフレッサの背中をナツカは見る。
「それとも私とでは楽しめないか？」
　声だけの問いに、ナツカは首を横に振った。応えてから一拍、それでは相手に伝わらないと気付いて慌てて声に出す。
「フレッサとなら、楽しく飛べるよ！」
　そこに偽りはない。
「ならば始めようか」
　ハルバードが向けられる先、敵影は随分と近づいている。もうすぐ遠距離攻撃の射程に入る頃だろうか。そう思ったナツカの感覚が正しいことを、擬似ＨＭＤがアラートをもって告げた。